自分の事だけしか考えていない人と、いつも人を気使う心を持ち合わせている人がいます。

人を気使う心を持ち合わせている人というのは、自分の生活に余裕があり他人の事まで気が回るからそう出来るのだ、と考えていた頃がありました。

その為、自分の生活に余裕が無かった私は、人に迷惑や自分の事で手間をかけさせる事だけはしないように気を付けて、自分が稼ぐ事だけに必死でした。

さてあれから長い年月が過ぎ52歳になって、私には人を気使う心が身についたのだろうか。

はっきり言える事は、自分の事しか考えていない人が、社会の中で目につくようになりました。

 _スーパーのレジを通過して、誰かが置き去りにしたカートが皆の邪魔になっているため、自分の使ったカートと一緒に入口に押していこうとしたら「それ使ってるんですけど」と呼びとめられた。

だったら自分のそばに引き寄せて、通路をふさがないようにしなさいよ(怒

 _信号の無い横断歩道で歩行者の学生が3人待っている。

急いでいない私は横断歩道の手前で止まる、ここまではよい。

対向車が止まらない、一向に止まらない、私の後ろは車が溜まる。

一度止まってしまったのだから進むわけにはいかないのだけれど、後続車に気を使ってしまう。

けっよく車から降りて、対向車を止めたのですが、そこまでする必要があっただろうか・・・

むりやり人に気使いをするのは、気遣いではないように思う。

自分が急いでいたら止まらなかっただろうに。

 お仕事ではどうでしょう、初めて楽楽屋の施術を受けられる方の中には、とても緊張されている人がいます。人を気使うラフコリー

私がこの顔で笑顔を振りまいても逆効果なので(笑、何故身体が歪むのか、今日はどんな施術をするのかをお話しするようにしています。

心の緊張が解けると身体の緊張も解けてくるものです。

生意気を言わせて頂くと、進化する施術者の手は、何処をどのように触れると痛いとか、多少痛くてもここは我慢していただけると今日の内に良くしてあげられる、などの事が経験により感触で徐々に分かってくるものです。

筋肉や関節に触れさせていただいて、本人がはっきりと言い表せない痛みのピンポイントや、それまで感じていなかった痛みを探り出しそれを言い当てると、その施術者の技術レベルに対し安心感を抱き信頼関係に繋がっていきます。
           

改善にどの程度の期間を要するか、どのくらいのペースで通ったらよいか、あるいは私には(手技療法では)治せないものかを言ってあげることが気使いであると思っております。

私自身、自分の為に得た技術は、人の為に少しは役立っているかな!?

自分の立場で、お客様の不安を少しでも拭き取ってあげられたら、これが人に気使う心に繋がるものと信じましょう。

画像は「心配する犬」です(笑