今年もあと60日になりました、1年を振り返ると私は一体何をしていたのだろう・・・と情けなくなる事があります。

社会貢献もしていないし、そう言えば去年の年末にも同じ思いに浸った事を思い出し、あ~そして何かを得る為に今年から書道を習い始めたのだったと思いだした。「忘れるか?ふつう(>_<)」。

 「弘法筆を選ばず」と聞いた事があると思います。

能書家の弘法大師はどんな筆であっても立派に書くことから、その道の名人や達人と呼ばれるような人は、道具や材料のことをとやかく言わず、見事に使いこなすという事をたとえていることわざですね。

私が今年の春から習い始めた書道の先生も、私達の前では1,700円の筆でどんな書も書き上げてしまいます。

孔子廟堂碑毎月の昇級試験に向けて課題を勉強していくわけですが、初心者に一番親しみやすい書体である「孔子廟堂碑(こうしびょうどうのひ)」をその名も知らず6ヶ月勉強してきました。

私達生徒が書いていると、「そこはこうやって書くのよ」と、朱色の墨を付けた1,700円の筆で、左手は机に肘を付いて身体がよじれた姿勢(ハッキリ言ってお行儀が悪い(>_<))で、見事にきれいな線で力強く形のよい字を書いて見せる。

他の生徒さんは先生の筆先だけを見ていて、書きあげた字に対しウットリとした呼気を漏らしているが、私はどうしても書いている先生の全体を見てしまう。

この先生は筆どころか姿勢も選ばず書いちゃうのかい(汗 本当にすごい人だといつも思っておりました。

ある日受講に行ったら、「川崎さん、そろそろこの書体で書いてみない?」と先生に言われ、すごく尖ったシャープな書体の手本を頂きました。

「別に今迄の(孔子廟堂碑こうしびょうどうのひ)でもいいけど、こっちの方が似合うんじゃない?」

似合うとかあるの?と思ったけれど、その書体は強くて尖っててとてもカッコイイので「わかりましたこれで勉強します」と簡単に返事をいたしてしまいました。九成宮醴泉銘

「じゃあ書き方を教えるわね」

何か一瞬先生の眼鏡のなかの目がキラッとしたような気がしたが、絶対に気のせいだと自分に言い聞かせる。

筆はいつもの1,700円のものにいつもの朱色の墨をつけて、しかし半紙に対し正中に構え、背筋をスッと伸ばし、朱色の筆先が白い半紙にすごい筆圧(力強く)でゆっくりとクッキリと走っていく。

半紙に置いた筆先が急に向きを変え、ゆっくりと止めハネる。

「はい、これが九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)です、はい書いてみて」。

私「・・・・」ンなもの出来るわけないやン(@_@;)

しかし書くと言って手本も頂きいつもと違う先生の姿も見れて、これが書けたらいいなぁと思い「はい、やってみますがすごく難しそうですね」。

とつぶやいた私に「そうよ、私もこの書体の時は”イタチ毛の1万5千円”の筆を使うのよ」。

え~~全然筆を選ばずじゃないじゃん!しかも姿勢も目つきも全く違うし。

そう言えば、弘法にも筆の誤り ということわざもありましたね。

誤りのないお手本を書くためにはプロと言えど真剣なのです。